Product & Story

職人を訪ねて③ – 中村印刷所 in 東京

ストーリー

中村印刷所 浮き紙の水平開き手帖

Cohanaにまつわるモノ・コト・バそして人から、日本のものづくりを伝えていく【Story】。第三回は『浮き紙の水平開き手帖』をつくる、東京・下町の印刷所・中村印刷所さんです。

「おじいちゃんのノート」をご存じでしょうか?

2人のおじいちゃんの熱意と、そのお孫さんのある行動がきっかけで、広く知られるようになった奇跡のノートです。

奇跡が生まれるまでには、こんな物語がありました。

とある下町の印刷所で働くおじいちゃんは、製本に詳しい従業員のおじいちゃんと2人で、あるお客さまのひとことをきっかけに、見開いたときに水平に開くノートの開発に取り組みました。

失敗を繰り返しながら、2年間かけて完成させたのは、コピーやスキャンした時に真ん中に影が入らず、見開きのギリギリまで書き込むことができるノート。この製造方法に関して特許もとりました。

しかし、性能は評価されましたが、なかなか売れません。注文には結びつかず、数千冊の在庫を抱えていました。

「使ってもらえれば、良さがわかってもらえるのに…。」自分が作った在庫を見て罪悪感を感じていた製本担当のおじいちゃんは、「これ、学校の友達にあげてくれ。」と孫娘にノートをまとめて渡しました。

受け取った孫娘は「ツイッターでやりとりしてる絵描きさんとか、喜ぶかも。」と思い、ツイッターにノートのことを投稿しました。

すると、多くの人たちがコメントを寄せてくれて拡散。その後、ネットメディアや新聞、テレビに取り上げられて在庫は一掃。一気に人気商品となりました。

試行錯誤の日々と、積み重ねた職人の経験・情熱が生んだノート…このお話は、Cohanaスタッフの心にも強く印象に残っていました。

この物語のおじいちゃんこそが、中村印刷所の社長・中村輝雄さんです。

「Cohanaの図案帖をお願いするならば、ぜひ、中村さんにお願いしたい。」

そう思い、熱い気持ちを伝えたところ、

「手帖は今までやったことのない試みです。新しいことには挑戦したい。ぜひ、やりましょう!」

と中村さんから気持ちの良いお返事が。こうして、2人3脚の手帖作りがはじまりました。

スタッフは、水平開きの技術が生まれた、中村印刷所さんへ。

▲東京・板橋駅からほど近くの下町に、中村印刷所さんはあります。

▲木枠の玄関、奥に銭湯。周辺にはあちこちに下町情緒が残ります。

▲あ、ここだ!と一目で伝わる店構え。たまに一般のお客様も買いに来られるのだそうです。

印刷所に入ると、はつらつとした挨拶で、中村社長が出迎えてくださいました。さっそく、罫線の濃度や中表紙の色味など、細かい部分をご相談。さすがは印刷一筋の職人さん、豊富な経験があるからこその的確なアドバイスで、話がすいすい進み、その場で手配をかけてくださいました。

電話口でも感じていたけれど、このスピード感、活き活きと楽しそうに印刷のことを教えてくださる情熱。あの奇跡は偶然ではなく、中村さんのお人柄あってのことなのだと感じました。

▲ノートを開いて見せてください、と伝えると、「このポーズは慣れてますよ~。」と、気兼ねなく応じてくださいました。

さっそくインタビューをさせていただきました。

ー中村印刷所さんの歴史を教えてください。

うちは1938年に浅草で創業した印刷所です。先代の父親の代は、活版印刷でつくったオーダーメイドの伝票印刷が好評で、父親の懸命な仕事ぶりと、高度経済成長の時代というのも後押しし、順調に業績を伸ばしました。

父親からバトンを受け取った私の代も、「仕事を断らない」「納期を遅らせることなく、仕事の一つひとつを丁寧に仕上げる」という父親の大切な教えを守り、順調に推移していました。

しかし、バブル経済の崩壊と、印刷技術のデジタル化、ペーパーレス化の波は、少しずつうちにも押し寄せてきました。

ーそれが水平開きの技術開発の、きっかけとなるのですね?

そうですね。印刷所というのは、基本的にすべて受注仕事で成り立っています。しかし、待っているだけでは、倅にのれんを譲るどころか、遅かれ早かれ、廃業せざるを得なくなってしまう。そう思い、ベテランの製本職人だった従業員に声をかけたんです。

でも、もともとのスタート地点というのはお客さまの声なんです。

ーどういった声をいただいたのですか?

展示会で普通の製本をしたノートを販売していたところ、「ノートって、片手で押さえないと中心が浮くから書きづらいんだよね。」というお声を一人のお客さまからいただいたんです。ノートってそういうものだ、と、聞き流すこともできたのですが、私にはそれがずっと気になっていまして。

製本一筋でやってきていた従業員に相談したところ、やってみよう、という話になりましてね。

開発を終えて、大学受験を控えた青年に試作品のノートを渡したところ、大変喜ばれまして。お客様の小さなひとことや、ノートを渡したときの嬉しい反応というのは、やはり原動力になりました。

ーお客さまの声を大切にしたからこその、水平開きだったのですね。

ところで、水平開きの技術を「手帖」に仕立てる商品は初めてで、受けていただけるだろうか?と不安を感じながらご連絡したのですが、快く引き受けてくださり、大変驚きました。Cohanaの水平開き手帖にご協力くださったのには、なにか理由があるのでしょうか?

水平開きのこともそうですが、いち職人として、新しいことには挑戦していきたい。この技術をノート以外で活かせる場について、考えていたんですよ。ですから、図案が描ける水平開きの手帖、というのは大変嬉しいお声掛けで、ぜひ!となったわけです。

ーありがとうございます。そう言っていただけて、こちらとしても嬉しく思います。

お話のあと、ノートが生まれる現場を見せていただきました。

▲印刷所ならではの紙とインクのにおい。どこか懐かしい気持ちに。

ふと見ると、面白い形のノートが。まだ仕上げ前で、縦に2つ分のノートがつながっています。

「これをつくるための工程を見せましょう」と言って、工程を踏んで教えてくださることに。そこには、想像以上の手作業がありました。

「一冊あたりのページ数は、こうやって手で繰って、数えています。」

▲手の感覚で数えても、正確にページ数が図れるのだそう。

「のり付けのあとのノートの切り分けは、この包丁で…。」

さらに気になったのは横に置いてあった「たわし」の存在。

「これは何に使うのですか?」

「背表紙の部分の浮きを、たわしで擦って圧着するんですよ。」

▲背表紙が最初と比べてしっかりくっついているのが分かりますか?

いろいろな道具を探して、行き当たったのがこの「たわし」なのだそう。こういった細やかな仕上げにも、職人のアイデアが活かされているのだと知りました。

▲出荷前の検品は、一冊一冊開いて行う。商品への慈しみを感じるひとコマ。

さらに奥の部屋に進むと、面白い地図帖が。

「地図や料理本なんか、180°開くと使いやすいでしょう?そういうアイデアが浮かぶたび、なんでも製本したくなってしまって…。」

▲手前の地図帖を水平開きに製本すると…。

▲このように。確かに、これだけまっすぐ開くと使いやすそうです。

最後に、中村さんの手を見せていただきました。

右手小指の第一関節に、大きなこぶのような物がありました。これは、ページを繰りすぎたことによる変形なのだそう。

「痛いとかはないんです、まあ、職人の勲章みたいなものですね。」

そういって、嬉しそうに笑う中村さんの姿に、時代の移り変わりを「印刷の職人」として生き抜いてきた、強さや誇りを感じました。

大きな機械がなくとも、日用品から最適な道具を見つけて応用する。

失敗を恐れず、特許となるような新しい製本技術を発明する。

アイデアと挑戦の日々が、より良い商品を生み出していく…お話を通じて、職人がもつ本来の気質のようなものを、沢山感じ取ることができました。

「浮き紙の水平開き手帖」には私たちの思いと、職人の心が詰まっています。

Cohanaの商品を通じて、この思いが届きますように…そう思いながら、印刷所をあとにしました。

中村印刷所

1938年に浅草で創業した印刷所。下町のベテラン職人が、何百回もの試作の末につくり上げた「水平開き」の製本技術は、特許を取得しています。
「常に新鮮な発想」をモットーに、ノートをつくり続けています。
中村印刷所 HP http://nakaprin.jp/

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